Q: これはポートランド3部作と呼べますか?
A: 『ドラッグストア~』『マイ・プライベート・アイダホ』と『マラ~』で?いや、意図的ではないけど結果的にはそうかも。
Q: この映画が公開されてなかったのは?
A: モノクロで、ゲイの物語だから。カラーなら違ったかも。スターもいないし、そんなよくある理由で、配給をためらったんだろう。ずいぶん時間が経った今は僕の名前で売れるようになった。今でも、モノクロと口にすれば、みんな目の色が変わる。投資家にモノクロと言った瞬間、全てが1/4になる。ティム・バートンでもモノクロ映画を作ると言うと5000万ドルが1000万ドルになるんだ。
脚本を映像化しようとするあまり、その場がないがしろになるよりも
現場で現れる“何か”に集中したい
Q: 初めての映画で何を学びました?
A: 僕はこの映画にいつも立ち返ろうとしてる。無謀に突き進み、カネも計画もなかった。パット(音声)の家に集合して、レストランのシーンも、レストランをやってるやつ知らないかって、店に電話する。それが僕らのスタイルで、即興的な魔法があった。どんな場所かも分からなかった。計画がない故に新しい息吹が吹き込まれ、物語のように初めてレストランに入る。同じ場所でリハをやるよりリアルに撮れた。今は資金のある映画作りの習慣を削ぎ落とそうとしてる。
『ラストデイズ』『ジェリー』『エレファント』は3本とも照明トラックがなかった。いや、『エレファント』は照明がいた。でも他の映画で失われた何かを捕まえる作業が必要だった。映画が大がかりになりすぎて邪魔が入る。みんな何かしなければ働いてる気がしないから、意味もなくメイクを直す。大事なものを捉えようとしてる最中でも。リハや照明の調整で2時間かかったり。だから大事なものを取り戻すために、原点に返る必要があった。98年の『セレブレーション』でドグマ映画を初めて観るまでよく分からなかったけど、小道具はロケ地にあるものでなければならないという、最高の低予算映画の作り方だった。初めて80人のスタッフとトラックを連れて回った『ドラッグストア~」では渋滞とかも起き、リアルな世界より、サーカスみたいだった。俳優が行ったり来たりするだけで、車を止めてエキストラを入れる。30年代にワイドやクロースアップが生まれ、それを撮るために、同じ帽子を被った女性を何回も歩かせるようになった。だがそれをなくせば、ひとつのアングルで片付くし、エキストラの必要もなく、ジェット機やトラックが通ってもいいし、それがサウンド・デザインになる。役者もいらない。脚本も、ページを映像化しようとするあまり、その場がないがしろになるより、現場で現れる“何か”に集中したい。もし『マラノーチェ』から『ドラッグストア~』に繋がらなかったらそういう状態で撮っていたかもしれないよね。